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ボンジョルノ!

  イエス・キリストが磔刑にされたのがAD33年とされていますが、それから約30年後にユダヤの対ローマ独立戦争が始まり、73年にマサダ砦に立て籠もった約千人ほどが互いに刺し違えて死んだのが最後てそれから「ディアスポーラ」(ダイヤが散り散りに)となりそれから約2a000年後に再びパレスチナに再帰してイスラエルを再建して今日があります。

AD7世紀、アラビヤの商人マホメットに大天使ジブリールが顕れて「コーラン」を授け「広く教えを伝えなさい」と告げて天界に帰って生きます。一方のキリスト教は一旦はコンスタンチヌス帝の時にローマ帝国の主たる宗教としてそれまでのミトラ教を排して国教として採用されたのですが、本来「アンチ・テーゼ」の存在としてのキリスト教が帝国の国教としての変節でしたから当初から矛盾を孕んでいました。その矛盾がマホメットをしてイスラムの誕生となった!?と当方は括っています。

  5,6世紀にギリシャの東岸ビザンチン(コンスタンノープル、現イスタンブール)と東西にキリスト教が分かれ、西ローマはフン族やゴート族に蹂躙されて滅びました。一方の東ローマ、つまりビザンチンはそれから約1000年の栄華が続き、数多くの芸術、美術、文化の中心になったのです。これはビザンチンがかってのギリシャの伝統と歴史の地であったことと深い関係があるでしょう。

  しかし、15世紀半ばこの1000年の文化帝国、ビザンチンもオスマン・トルコに滅ぼされてしまいます。キリスト教国にしたらイスラムを標榜するトルコはまあ異教徒になります。さて、そのコンスタンチノープルを征服したオスマントルコのメフメット2世はあのサラセン帝国のサラディンの生まれ変わりとも目された寛大な人物だったようで、偶像満載のキリスト美術をやたらに破壊せず、芸術家、作家、音楽家、哲学者等文化人を地中海の西方に追放し、残った美術、骨董品などをユダヤ商人に二束三文で引き取らせたようです。未だに、サザビーとか世界に名だたるこれらの逸品の流通を牛耳っているユダヤ商人のルーツのようです。

  コンスタンチープルを命からがら逃げ出したこれらの文化人を保護したのが、フィレンツェのメディチ家で薬業で築いた巨億の金で有力なアーチストのパトロンになりました。これが15-16世紀、つまり「ルネッサンス」(人間復興)の始まりというわけですが、これはローマ帝国の隆盛と共に陰になってしまった「ギリシャ文化」のリバイバルをも意味していたわけです。

  ご存知ギリシャは「神話」によって興された歴史ある国、それを真似たローマは軍事力で地中海沿岸からブリテン島(現UK)まで広大な帝国を築きましたが、水道橋を含む建築は世界に冠たるものはありました。しかし、文化、芸術はギリシャに及ばなかったようです。つまり、ルネッサンスとはギリシャ文明、文化の復活でもありました。そのテーゼはギリシャが知らなかったキリスト教の文化がギリシャ神話と入り混じって、この2本柱がマトリックスになったというわけです。

  そのギリシャ神話のいくつかは日本に伝来しています。例を挙げるのは次のキリの良い機会にしますが、2004年のアテネ五輪の時は日本選手団史上、最高のメダル数を獲得しています。いわば遠くて近い関係にあるわけです。そのギリシャがいくばくかの借金が返済できない台所事情で国と国民の崩壊に至ろうとしています。「福沢さん」を少しぐらい融通してやれませんかね!? ギリシャの消滅は今文明のマトリックス、ここが消滅することは世界が滅びる?と同じ意味を秘めているような気がしますが・・・!?
 チャオ!

  
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2015.06.15 


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